マネできるけどマネしない範囲のことを発信するということ
先日のポストで書いたが、(SNSで有名になる)SNSである程度知名度を上げたいと考えている。バズ狙いですか?と言わればそうっちゃそうなのだが、一応自分なりの作品をベースにSNSエディションを作っているという感覚でやっている。で、具体的にはInstagramのリール動画である程度知名度を築こうと考えている。そんな中でInstagramというメディアと向き合っていると、インフルエンサーというものとプロフェッショナリズムがなぜしばしば対立しているのかが見えてきた気がする。 インフルエンスするということは真似する人がたくさん出てくるということ Instagramで売れている人?というのはそれすなわちインフルエンサーと呼ばれることが多いと思う。YoutubeだとYoutuberと呼ばれるが、Instagramではインスタグラマーもあるのだが、より一段抽象度を上げてインフルエンサーと呼ばれることが多い。もちろんYoutubeでもインフルエンサーと呼ばれることもある。 インフルエンサーというのは、その人がやることと同じことをたくさんの人が行うことから、インフルエンサーという名付けになっている。 例えばスキンケアインフルエンサーであれば、その人が普段からおすすめのスキンケア方法を紹介していて、視聴者も同じことをやってみるということを繰り返す。それによってその人がスキンケア分野において実体験に基づいたトライアンドエラーを繰り返し、その様子をつぶさに発信・高頻度に行うことで一定の専門家的な信頼を獲得する。そこに対して企業は金銭を支払いおすすめしてもらう、もしくは優先的もしくは単独としてトライアンドエラーを行ってもらうという形で生計を得るというものだ。 カメラ系機材インフルエンサーだと、その機材のおすすめポイントを紹介しつつ、実際にその機材を使った写真作品や映像作品を投稿することで視聴者に同じような成果物を得たいと思わせ機材を販売するという形態が多い。 真似できないとインフルエンサーにならない ここでいうまでもないかもしれないが、スキンケア系であれ映像系であれなんであれ、視聴者が真似できないとこのインフルエンサーというのは成立しないことがわかる。「超絶技巧のテクニックでしか行えないまつげメイクは、「すごいねー」となって終わりだ。iPhoneに3000万円のリグとクレーンと30人の人員と1億年のセットを組んで動画を撮っても、そんだけすごい機材使えばそりゃすごいのできるでしょで終わりなのである。もちろんそれはプロフェッショナルの表現として素晴らしいものだし、可能性を広げていくということは尊い。そうなのだが、それはそれなのである。 技術的プロフェッショナルはお前にはできない を発信し続ける 技術的プロフェッショナルはプロフェッショナリズムを持ってとある特定の分野に対して高いプライドを持つ。私にしかできない、到達できない表現、技巧を発信する。仮にそれが作品ではなく受託を取るための技術紹介だったとしても、基本的には「あなたにはできないからぜひ私に依頼してください」と思ってもらうために発信を行う。そのため、根底に流れるメッセージとしては「お前にはできないだろ」というものになってくるのだ。映画館で流れてきたらすごいと思うだろうし、Youtubeでも何千万回の再生を獲得できるかもしれない。ただ、殊SNSという媒体の上では同業者うけは素晴らしいかもしれないが、一般的な共感は得にくいのだ。 インフルエンサーはあなたにもできるよを発信し続けるのでコンフリクトする インフルエンサーは真逆である。良くも悪くも誰でも真似できる範疇の中で実践を行うのだ。iPhoneフォトグラファーの写真は100万円のGFXの写真よりも劣るかもしれないが、同じiPhoneを持つひとが自分も取れるかもしれないというところにコンテンツとしての面白さがあるのである。プロから見ればこれは2つの意味でちょっと嫌なのだ。 技術レベルが低い・妥協の産物に見える プロはありとあらゆる手段を使って完成物のクオリティを極限まで高めることに人生を賭けている。特にエンジニア志向の強いプロフェッショナルであれば尚更である。写真だと例えば物撮りの世界とかはもう本当にありとあらゆる手段を使ってCGのような、だけれども本当に綺麗な質感まで伝える物撮りを実現している。 そんな中で物撮りやってみたみたいな動画が流れてくると、ものすごくレベルが低いことをやっている。そんな機材じゃ全然ダメだよってなるし、そんな一人でできるわけないだろってことも多い。そんなの学生のレベルよりも低いよとなる。カルチャースクールかよみたいな言葉も聞こえてくる。で、それだけならそれでいいのだが、インフルエンスして数字を持っていたりするとその人に撮影依頼が行ったり、物撮りといえばこの人みたいな一般的な知名度を獲得してしまい写真集が爆売れしたりするのだ。悔しい。きつい。 みんなできるよ!と言って欲しくない。(できてないから) 先ほどは物撮りと言ったが、ありとあらゆるもの全て「あなたにもできるよ」というメッセージを発信するのだ。だが、プロから見ればそれは「全然ダメ。できてない」な内容なのである。正確にいうとインフルエンサーが発信している内容というのは「自宅で一人で専門教育を受けないでも一括払いできる金額感の機材で あなたにもできるよ!」なのだが、そんな前提はいちいちつけない。もしあなたが受託の獲得を目的とした技術紹介をSNS上で行っていたときに、「あなたにもできるよ」というある意味でクオリティの低い映像が流れてきて、いいね10万件、コメントで褒めそやされていたらどう思うだろうか?「いや、これはできてないじゃん。全然ダメ。もっとこうしないと。素人には無理」となるだろう。人生をかけてその技術を見たいていたら尚更だ。誰も責めない。 このような構造で、相反するメッセージを同じ舞台で叫びあっているので不幸なコンフリクトが出てきてしまうのである。 いいねよりもブックマークの方に重きが置かれているアルゴリズム では、推薦アルゴリズム的な部分で「マネできる動画」と「超投資されてできた動画」どちらが重視されているかというと、私は前者のほうに有利に働くよう調整されているという仮説を持っているアルゴリズムが実際どうなっているのか中身を見ることはできないので、あくまで仮説だが、どうやらいいね数よりもブックマーク数が増えることのほうが重きが置かれている感じがしている。 公開した作品の数字を見ていると、再生数に対するいいね数の割合よりも、ブックマーク数の割合が高いほうがフォロワー外の方の再生数が伸びる傾向にある。 いいねと違いブックマークとは後でまた見返したい動画という意味になってくる。つまり、プラットフォーマーからすればリテンション施策になるのだ。誤解を恐れずに言えば面白かったりすごい動画よりも役に立つ動画が水生されるようになってきているということである。 HowTo動画と作品の間で ここまで書いたことをざっくりまとめると「How to 動画を撮ることがあらゆる面から考えて数字が伸びやすい」ということになる。ただ、じゃあ作家の作品としてそれでいいのか?いやよくないだろう。AIの分野は特にそうだが、あらゆるツールがものすごい速度で出てきては消え、進化していく時代、ツールをとりあえず試してその可能性を模索する仕事の必要性は増してきているように感じる。私のいる写真映像分野でもそれは同じで、特に現像方面で本当にあらゆるツールが出てきており、1年に一回のCP+やIinterbeeに行ったらもう1年では試しきれない量の気になる機材が出てきてしまう。なので機能を試しつつ可能性を語ったりとか、作例を作るということ自体の価値は年々増してきているように感じる。なのでそれはそれで一つのプロフェッショナリズムの形だと思う。私もジンバルとかフィルターとかすべてを借りて試してから買うことはできないのでよく見ている。 ただ、機材紹介動画を出したいのではなく、あくまで作品を作っている身としてはこのあたりのバランスをとる必要がある。なのでこの観点からしても先日書いた参加可能な機材を使い果たして、身体化しながら可能性を探っていく形がいいのではないかと考えている。マネできるけどマネしないことをやるという形だ。 このあたりの業務用機材とそこまでいかない機材、ブラックボックスな機材と道具として使える機材についての因数分解また別の機会に書こうと思う。 具体的に今のところ気にしているポイント 全体の方針としてはここまでのとおりであるとして、具体的に投稿内容でInstagramにそぐうようにするため気にしていることをまとめておこうと思う。私はSNSマーケティングの専門家ではないのでアルゴリズムについて捉えきれていない部分がまだ多いと思うが、少しずつ変えてみて比較してこうなんじゃないかという仮説はある。あくまで仮説なので間違っているかもしれない。 トレンドの音楽を使うことが必須 これは以前別のポストでも書いたのだが、トレンドの音楽を使うと再生数が100倍ぐらいになる。なので基本的にはリール動画は曲先で作っている。本当は好きな曲を使いたいのだが、それは知名度ブルジョワジーにのみ許された贅沢だ。 そもそもショート動画というのはほとんど曲を聴いている人が多い。Tiktokは明確にダンス動画という軸があったので曲先であることは分かりきっていたが、どうやらYoutubeShortやInstagramもダンスでなくても同じように曲先の方が良さそうだ。 動きが予想できる状態になったら飛ばされてしまうのでその前にカットを切り替える 基本的に1カット2、3秒ぐらいがいい。なぜなら、あーこのあとこうなるなというのが予見できた瞬間に長いと感じて飛ばされてしまうからだ。例えば机から塩を持ち上げて塩をかけるという映像があったとする。これは机の塩を持ち上げた時点で塩をかけることまでが予見できてしまうので塩を持ち上げたー塩をかけるまでに映像をフルで入れてしまうと冗長な動画としてその時点で飛ばされてしまうことが多い。なので、塩を持ち上げてかけるという要素が伝わる最低限。塩に手をかけたー塩の容器が浮き上がったの2秒、塩の容器が傾いて塩が出てくる直前から塩がかかるところ1.5秒 食べ物に塩がかかる1秒 といった感じで構成しないと飛ばされてしまう。 あまり早くカットを移動すると視聴者が理解する前に場面が切り替わってしまうのではないかと思うのだが、今やってる感じむしろその方がいい。1回目ではなんかちょっとわからなかったけど面白い→2回目をみてもらう という構成にした方が総再生時間もあがるしリピート回数も増えるので推薦アルゴリズム的にも有利である。 私の場合写真を撮ってその写真を出すという構成をすることがあるのだが、最初は3秒ぐらい写真を提示していたが今は1秒ぐらいにしているみたい人が2回目で一時停止してみてもらうぐらいの感覚で作った方が全体としてのエンゲージメント率は高い。 BeforeAfter動画は平均再生時間を効果的に伸ばせる メイキング映像があって、そのあとそのメイキングした結果が出るという動画を勝手にBeforeAfter動画と呼んでいる。通常上記のように予見可能な時点で飛ばされてしまうのだが、BeforeAfter動画は実際の結果を見たくなってしまうので、Beforeの部分結構引っ張ることができる。最初の5秒しか見てくれないかなあというのが普通の動画なのだが、BeforeAfter動画だと9秒ぐらいまで耐えてもらえる感覚がある。 コツはBeforeAfter系の動画で使われている音楽をそのまま使うことだ。基本的には再生スタート時点から10秒前後のところに転調がある音楽が使われている。BeforeAfter系の動画として視聴者は他の動画も見ているので、曲が流れ始めた瞬間にああこれはBeforeAFter系動画なんだなという文脈を共有できる。そうすればこっちのもので、Beforeの間は冗長でも結構見てもらえる。Afterはなんなら1秒2秒でもいいくらいだ。もちろんそのAfterであまりつまらないことを連発すると飽きられるので注意。 25fpsにする これは完全に私の動画限定の話だが、3Dスキャン動画は基本24fpsにしている。CG感が出過ぎてしまうと、単なるクオリティの低いCGに見えてしまうからだ。これはまた別の機会に改めて書くが、最近エモいと言われながら2000年前後のデジタルカメラでとることが流行っている。これはなぜかというとまずあまり精緻な映像を作られてしまうと脳が補完する余地が減り過ぎてしまうからだ。思い出の記録というものは脳が補完する余地を残し理想化することでいい写真になるのだ。その補完余地の確保とともに、ストリートで実物を取り込んでいるんですよということを伝えるためにFPSも落としている。アバター:ウェイ・オブ・ウォーターをIMAXで見た方ならわかると思うが、48fpsになった瞬間に途端にゲームっぽくなってしまうのだ。CG高フレームレートというのは今の所の我々にとってはゲームだなっていう印象を強めてしまう。そのうちあらゆるものの標準フレームレートが上がるにつれこの辺りは変わってくるかもしれない。 HFRについてはこの記事が詳しい。 https://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/1461878.html 極力スマートフォンで完結させる これは今も悩んでいるところだ。先述の通りInstagramは基本的に「あなたにもできるよ!」というメッセージを発する場となっている。そのため、先日書いたアマチュアイズムとの境界線の問題もあるのだが、基本的にはスマートフォンで完結する表現でどこまでいけるかを試した方がいい感じがしている。 ここで500万のレーザースキャナを出したり、一眼レフで4万枚撮影して高域を50万のグラフィックボードで24時間処理してもちょっともうそれは違うものなのではないかという感じがしている。 ただ、クオリティは上げたい。この枷が適切な枷なのか、それとも重すぎる枷なのかは非常に悩みながら作っている今日この頃だ。